約100年ぶりの椿町線
運河通につながる道路が完成に近い。
おそらく明治の頃に関西線(当時は関西鉄道)に
遮られて分断されていたエリアが
約100年ぶりにアンダーパスではあるが
地面の道路でつながるのである。
両エリアは昔は現在と違い一つの集落(笈瀬村)として存在しており
昭和に入り中村区となったが
戦後に境が変わり線路の南北で中村区と中川区との境界となった。
(ささしまライブエリアは中村区)
向野橋や黄金陸橋はあるが
やはり物理的にも心理的にも
違うエリアという認識となり、現在に至っている。
椿町線の椿町は名古屋駅西のビックカメラの西にある椿神明社に由来する。
その神社の横には昔、笈瀬川という川が流れており(現在は暗渠)
新しい椿町線の道路のあたりを並走しながら
他の川と合流し今の中川運河の元となる水流であった。
川の流れから車や多くの人が流れる新しい道路へと変貌するが
人や物流が行き来し両エリアが長い分断を経て
結ばれることに感慨を覚えるとともに
新しい椿町線の開通が待ち遠しく思われる。